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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7681号 判決 1974年6月24日

原告 太平精機株式会社

右代表者代表取締役 井上鉄次郎

右訴訟代理人弁護士 上坂明

同 葛城健二

同 葛井重雄

同 川浪満和

上坂明訴訟復代理人弁護士 丸山哲男

同 藤田剛

同 茂木清

被告 株式会社阪神相互銀行

右代表者代表取締役 川上始

右訴訟代理人弁護士 松永二夫

同 宅島康二

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

1  被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

(被告)

主文同旨

≪以下事実省略≫

理由

一、原告振出の額面金三四万七〇〇〇円(≪証拠省略≫によれば額面金三四万二六〇〇円と認められる)、満期昭和四三年四月六日、支払場所東大阪信用金庫河内支店とした本件約束手形について、被告浦出張所が国賀工作所の依頼でこれが割引をしていたこと、右手形が被告銀行大阪支店を経由して、四月六日(以下年度を省略したものは昭和四三年)大阪手形交換所の取立に廻され、同日不渡となったこと、原告が四月八日本件手形を原告主張の約束手形三通に書換えて国賀性治に交付し両者間で本件手形の支払を延期する合意ができ、右延期にともなう利息の支払がなされたこと、大阪手形交換所が本件手形の不渡に関し四月一〇日警戒発表を行ったが同月一七日右発表を取消したことは当事者間に争いがない。

二、ところで、当時の大阪手形交換所規則によると、約束手形は満期に持出銀行(本件の場合、被告)と支払銀行(本件の場合、東大阪信用金庫河内支店)で交換され、支払銀行は当日自行に持帰って振出人の当座預金その他を調べ、預金がないときは翌日(本件の場合、四月七日が日曜のため四月八日)に返還し、持出銀行は返還日の営業時間内(午後三時まで)に手形の買戻し若しくは手形金の支払がないときは、返還日の翌日の手形交換結了時刻(本件の場合四月九日午前一一時)までに同交換所に不渡届を提出することになっていたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、本件手形は預金不足により四月八日持出銀行である被告に返還されたが、同日の営業時間内である午後三時までに手形の買戻しや手形金の支払がなかったので、被告が四月九日午前一一時までに大阪手形交換所に不渡届を提出しておいたこと、そこで同交換所は四月一〇日右手形不渡の警戒報告を各金融機関に行ったこと(原告主張の警戒発表)、そしてそのまゝ放置されると四月一二日同取引所の取引停止処分がなされることになるのであるが、後記経緯のもとに、被告が同取引所に対し、四月一一日本件手形が支払ずみである旨通知し、さらに四月一六日不渡届が事務取扱錯誤によるものであるとして警戒報告の取消を申請した結果、同取引所は四月一七日警戒報告を取消したので、原告は本件手形不渡による取引停止処分を免れたものであることが認められる。

三、原告は、四月八日午後被告に対し、大阪手形交換所に対する不渡届をしないよう依頼しておいたのに被告がその手続を怠ったため前記警戒報告(警戒発表)がなされたと主張するから考えるに、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1)  大阪手形交換所における持出銀行の不渡届の提出は、第二項前段掲記のとおりであるが、返還日(本件では四月八日)の営業時間内に手形の買戻しや手形金の支払が間に合わなかった場合でも、その翌日(本件では四月九日)午前一一時までに手形の買戻しや手形金の支払があった場合は、持出銀行が同交換所に不渡の撤回届をして警戒報告ないし取引停止処分を避ける方法があったこと、しかし、本件についてみると、当時被告銀行大阪支店の扱いとして、四月九日午前八時に行員が出勤して前日午後三時締切の状態における手形交換関係の書類を持って午前八時二〇分に銀行を出発し、午前八時五〇分までに手形交換所に到着して所定の手続をまつことになるので、返還日の営業時間経過後に手形の買戻しや手形金の支払をしても不渡処分を避けるための手続は、時間的にほとんど余裕がないこと

(2)  ところで原告は、四月八日午後三時ごろ代理人大下守を被告浦出張所に訪問させ、本件手形の支払延期を求めたが、同出張所としては、その問題は原告側と国賀工作所との間で解決するよう答えたところ、同日午後四時ごろから右大下と右工作所代表者国賀性治が同出張所で話合った結果、同日午後六時ごろ、原告がその主張の書換手形三通を国賀工作所に交付して本件手形金の支払を延期による利息金を原告が負担する旨両者間に示談が成立したこと、そこで被告浦出張所は国賀工作所に本件手形を買戻させる代りに同工作所から右書換手形三通及び延期による利息金一万〇八三〇円を額面とする小切手(原告振出)の交付を受けたこと

(3)  そこで前記大下は、右手形書換手続等の終った四月八日午後六時ごろ被告浦出張所長広田申四に対し、本件手形の不渡の撤回届をするよう依頼したのであるが、同出張所長は、当時すでに執務時間外で被告銀行大阪支店係員と連絡の方法もなく、かつ翌四月九日午前八時になって同支店係員に連絡しても手続上時間的余裕がないためか別段の処置をとらなかったため、同交換所が四月一〇日警戒報告を行うに至り、このことを知った原告の抗議により、被告は事務取扱錯誤によるものとして警戒報告の取消を申請したものであること

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで本件のように、手形不渡後でも、手形権利者と振出人との間で示談が成立した場合には、手形の買戻しや手形金の支払がなされたと同様に手形の信用が回復されたものとして、持出銀行は、振出人からの依頼があれば、不渡の撤回届をなすべきであるが、右手続の依頼が時期を失し、その手続をする余裕がない場合には、持出銀行が右依頼を拒否し或いはその手続をしなかったため警戒報告がなされるに至ったとしても、持出銀行に過失があるとは解されない。本件につきこれをみるに、四月八日午後三時までに手形の買戻等がなされ、かつ不渡の撤回届の依頼があれば被告としてはその手続をすることができたのは明らかであるが、原告が右手続を依頼したのは右営業時間後の四月八日午後六時ごろであり、しかも大阪手形交換所所在地にある被告銀行大阪支店とはかなり遠隔の地にある被告浦出張所で時間外にかかる手続を依頼しても、すでに著るしく時期を失し、右手続をする時間的余裕のなかったことが明らかである。

そして、仮りに、被告が四月九日午前一一時までの間不渡の撤回届をする時間的余裕があったのに右手続を怠ったため警戒報告が出されるに至ったとみる余地があるとしても、これによって直ちに原告がその主張のような損害をこうむったものとは認め難い。すなわち、原告は、右警戒報告により対外的信用が全く失墜し倒産に至ったと主張し、証人大下守、同洪成、同大西利夫も右主張に沿う旨の供述をするのであるが、右各供述は、にわかに措信し難く、却って≪証拠省略≫を総合すると、三井こと洪成は鉄工業を経営をしていた昭和四二年六月手形不渡を出し取引停止処分を受け、そのごバルブ等製造業を営む原告の経営に参加するに至ったが、その代表者井上鉄次郎は現実には業務に関与せず、洪成が実質的にその経営を主宰していたこと、原告の昭和四二年六月一〇日から同四三年三月末日までの事業年度の確定申告における所得金額は僅か金八万五〇〇〇円余にすぎず、その経営状態は必ずしも良好といえなかったこと、本件手形金は僅か三四万余であるのにその資金ぐりがつかず不渡としたもので、かねてから原告は金融関係等でも信用に乏しかったこと、本件手形については前記のように不渡停止処分を免れたが昭和四三年八月原告は再び手形不渡を起こし倒産したこと、そして本件警戒報告がなされたこと自体が原告の信用失墜を誘ったものではなく、もともと原告の経営地盤が浅く信用が乏しかったことが倒産を招いたものであることがうかがわれるのであって、他に本件警戒報告が倒産の因をなしたと認むべき証拠はない。

三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 首藤武兵)

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